闘病記(11)再び試合へ
1995年9月、廣済堂レディースの試合に出場しました。
夏場は控えたほうがよいということもあり入院後のはじめての試合となりました。
試合の練習ラウンド前にも輸血をし、体調万全で臨みました。
試合には、親戚の方や友達が応援にきてくれていましたので頑張れたのだと思います。
そのひとりは絵手紙を勧めてくれた正子おばちゃんで試合はなんとか予選を通りましたが、今から思えばなんてむちゃなことをしていたんだろうと・・・
でもその時はそれがあたりまえだ!という考えしかなかったのです。
よけいに身体に負担をかけていたのも当時はわかりませんでした。
はたしてあと一日体力がもつのだろうか・・・・・・?
台風が接近していたので心の中で「明日・・中止にならないかなー」とも考えていた私・・・
結局最終日は、台風直撃で試合は中止となったのです。
私は内心、ホッとしたのを覚えています。助かった~とも感じました。
あと一日この大雨の中、ゴルフをする体力があるのかどうかは正直自信はありませんでした。
それから、11月の伊藤園レディースの試合に向けて、その後もゴルフの練習はしていました。
いろんな民間療法といわれるのを試し、輸血を続けながら・・・
心の中でこれが最後の試合になるような気がして、練習に励んでいたのに結局、風邪で身体がどうにもならず、恥ずかしながら棄権をしてしまいました。
風邪薬の中には、血小板を下げる成分が入っている為、飲まないでね!と病院からいわれていたのですが飲まざるをえませんでした。
情けなかった・・・惨めだった・・・・
なんでこんな身体になっちゃったんだろう・・・と・・・
中途半端という言葉が今の自分にはお似合いだ・・・とも感じました。
こんな形で試合を終えるなんて・・・
結局その試合が私の最後のトーナメントとなりました。
来年の試合の出場をかけた統一予選会の申し込みのハガキは不参加に○をし日本女子プロゴルフ協会宛てに投函しました。